札幌酒精歴史館


進取の経営期【設備拡張と品質改善】

 昭和35年7月札幌工場へと設備を集中して生産性の向上と品質改良をはかります。中でも従来のアロスパス式蒸留機に加え当時開発されたばかりのスーパーアロスパス式蒸留機を新設しました。これにより不純物は完全に除去されました。さらに37年にはアミロ酒母室を新設しアミロ酒母液体麹折衷法と呼ばれる無菌空気をタンク内に送り麹菌など糖化力の強い菌を高濃度かつ無菌的に培養する方法によりアルコール製造効率を飛躍的に向上させることに成功しています。
 さらに昭和35年はこの後、当社の主力商品として成長する「サッポロソフト」発売の年でもあります。当時の私達の暮らしは食生活の変換や家庭用冷蔵庫の普及などに見られるように洋式化が進みます。それにつれ酒類の消費傾向もウイスキー類の急激な需要伸張がみられウイスキーの水割りが好まれるようになっていました。そうしたなか蒸留酒業界でも若者層向けのニュータイプ製品の開発が急務との認識から、従来のアルコール分25度のものから20度とし、容器を洋酒スタイルのボトルに替えた「SAPPRO SOFT」が昭和35年10月1日誕生しました。この「サッポロソフト」の発売は従来の暗いイメージから脱却し、気軽さを持って愛飲されるようになったことで焼酎が見直される一大転機となりました。
 その後も昭和40年には北海道神宮からの神宮境内で採取される梅の実を原料とした御神酒製造の要請をうけて製造を続けている梅酒「神宮の梅」をはじめ、ニューリカーとしての焼酎が一般家庭に見直されたことから家庭用手造り果実酒の普及用として発売した「35リカー」広口瓶は婦人層の好評を博し、焼酎の新たなイメージアップとなりました。